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最高裁判所第二小法廷 昭和28年(オ)1029号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を札幌高等裁判所に差戻す。

理由

上告人の上告理由は、添付の別紙記載のとおりである。

上告理由の六について。

論旨は、上告人は原審において、本件選挙の不在者投票について、投票用紙及び投票用封筒の交付に違法の点があつたと主張したのにかかわらず、原判決が「投票数あるいは請求した選挙人の数が判明している場合にはたとえその投票用紙及び封筒の交付手続に違法があつても選挙無効原因とはなり得ないから、」と判示し上告人の請求を容れなかつたのは、法令の解釈を誤つた違法があるというのである。

よつてこの点について按ずるに、原判決がその理由として判示するところは極めて簡単であつて、その意とするところは必ずしも明白でないのであるが、上告人主張のような不在者投票の手続上の違法は、投票の数が判明しており、いわゆる潜在的無効投票の原因となるだけであつて選挙無効の原因とはならないものとする趣旨と解せられる。しかしながら、公職選挙法二〇九条の二は当選の効力に関する争訟の提起のあつた場合の規定であつて、本件のように選挙の効力が争われている場合に適用されるべき規定でないことは、同条の文理上からも明白であるのみならず、当選の効力に関する判断は選挙が有効に行われたことを前提とするから、右二〇九条の二の適用があるのは、選挙の効力について争いのない場合又は選挙が無効でないと判断される場合に限られるものといわなければならない。しかるに本訴においては、上告人は本件選挙を無効とする旨の判決を求めているのであるから、裁判所は、本件不在者投票が右二〇九条の二に該当するかどうかよりも、まず、本件選挙が有効であるかどうかを判断しなければならない。当裁判所第三小法廷が昭和二三年六月一日言渡した判決(判例集二巻七号一二五頁)が、選挙権がない者の投票の存在を当選無効の原因となるものと解しているのは、選挙権のない者が投票をしても、かかる違法は選挙人の違法行為であつて、選挙執行機関の選挙の管理執行に関する規定違反とは認めず、その投票は帰属不明の無効投票すなわち、いわゆる潜在的無効投票となるに止まるとした趣旨と解せられるのであつて、その後法律の改正によつて加えられた前記二〇九条の二にいわゆる帰属不明の無効投票もかかる投票を指すものと解しなければならない。上告人のような本件選挙の違法は、選挙の管理執行に関する規定違反であり、本訴が選挙訴訟である以上、裁判所は、よつて行われた投票が潜在的無効投票であるかどうかを判断するよりさきに、かかる違法手続によつて行われた本件選挙の効力を判断しなければならない。

公職選挙法のたてまえとしては、選挙人は、選挙の当日自ら投票所に行き、投票用紙の交付を受け、自ら候補者氏名を記載し投票するのを原則とし、(公職選挙法四四条乃至四六条)同法四九条の不在投票は、選挙人の選挙権行使を全からしめるため止むを得ない制度として、右の原則の例外として定められていることはいうまでもないが、かかる不在者投票制度は濫用せられれば選挙の自由公正を害する虞のあることも明白である。右四九条及び同法施行令五〇条乃至六五条が不在者投票の手続について厳重な規定をおいているのも、選挙の自由公正を確保するためにほかならない。若し本件選挙において、上告人主張のように法定の証明書を徴しないで投票用紙、封筒を交付する等の違法があれば、選挙の自由公正が確保し難いのみならず、本件不在投票をすることができない者も相当数不在者として投票したことを推認でき、かかる者は、不在者投票の不適格者として投票用紙封筒の交付を拒まれれば、選挙当日棄権した者もあるかも知れないし、また、不在者として投票した場合と選挙の期日に投票した場合と、同じ候補者氏名を記載するとも限らないのである。ことに、不在者投票は、立候補期間満了前にも行い得るのであるから、これらの者が選挙当日投票したとすれば、その後に立候補した者に投票したかも知れないのである。右のように考えれば、若し、本件選挙における不在者投票のための用紙及び封筒の交付に、上告人主張のような違法があれば、かかる違法は、本件選挙の結果に異動を及ぼす虞なしとしないのである。

しかるに原判決が、かかる事実の存在は選挙無効の原因とはならないとして上告人主張事実の存否について審理をせず上告人の請求を容れなかつたのは、法令の解釈を誤つた違法があるものと言わなければならない。論旨は理由があり、他の論点に関する判断をするまでもなく原判決は破棄を免れない。

以上の理由により、民訴四〇七条一項により原判決を破棄し、本件を原裁判所に差戻すこととし、裁判官全員一致の意見をもつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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